室生寺

女人高野を訪ねて  2003/4/25

寺伝によると奈良時代末期の宝亀9年(778)から延暦12年(793)の間に興福寺の僧賢璟によって創建され 堂塔伽藍が完備したのは弟子修円の時という。 建保年間(1213~19)から興福寺の所管に入ったがのちに衰退したのを、元禄年間(1688~1704) 5代将軍綱吉の生母桂昌院の庇護を受け 僧隆光が再興に尽くした。 「女人高野」と呼ばれるようになったのはこの頃からといわれる

建造物、仏像の多くが国宝、ならびに重要文化財に指定され室生山すべてが自然の博物館のようです